| 国名
正式名称は、Republica de Chile(レプブリカ・デ・チレ)。通称、Chile。
公式の英語表記は、Republic of Chile(リパブリック・オブ・チリ)。通称、Chile。
日本語の表記は、チリ共和国。通称、チリ。漢字による当て字で、智利と表記されることもあった。
歴史
この地域は、北部はインカ帝国が、南部は先住民族アラウカノが支配していた。1539年、ペドロ・デ・バルディビアがピサロの命により侵攻した。1541年サンティアゴを建設し植民地化を進めた。南部の植民地化には、先住民族アラウカノが激しく抵抗した。
16世紀以来スペインの植民地であったが、19世紀にはいると世界的に反植民地化の気運が高まった。チリでも独立運動の気運が高まり、自治政府が誕生、国民議会を招集して奴隷の輸入禁止、奴隷の子の自由を保障する決議などを行った。独立運動家ベルナルド・オイギンスの率いる解放軍とスペイン軍が戦い、1818年にスペインから独立。
1879年-1884年に起こった太平洋戦争によりボリビアからアカタマ州を、ペルーからタラパカ州を獲得。
早くから議会主義が確立されており、1970年にはアジェンデ大統領を首班とする社会主義政権が誕生、これは世界初の民主的選挙によって成立した社会主義政権であった。しかし、1973年にアメリカの後援を受けたアウグスト・ピノチェト将軍がクーデターを起して、アジェンデは自殺へと追い込まれた。自らをトップとする軍事独裁体制を敷いた。このピノチェト軍政下で経済は発展したが、多くの反体制派の市民が投獄・処刑されたと言われている。1990年には民政へ移行し、現在では民主的な文民政権となっている。
2004年のアテネオリンピックではチリのオリンピック史上初となる金メダルをテニスの男子シングルスと男子ダブルスで獲得し、首都のサンティアゴをはじめチリ国内では喜びのあまり異様なほどの盛り上がりを見せた(ニコラス・マスー、フェルナンド・ゴンザレスの項目を参照)。
チリ最高裁判所は、2006年8月18日、公金横領容疑でピノチェト元大統領の免責特権剥奪を決定した。同氏が家族や側近名義で米リッグス銀行など複数の銀行に合計125以上の口座を保有し、約2700万ドルの不正資金を隠匿していたとされる疑惑による。
政治
2004年現在のチリ憲法は、アウグスト・ピノチェトを最高権力者とする軍政下の1980年に制定された。特徴としては、大統領の権力が強められ、また国政への軍の最高司令官の参加が制度化された。しかし、1988年のピノチェト大統領の信任を問う国民投票に敗北した後、憲法に対して大統領の権力を弱め、軍部の発言力を抑えるような修正がなされた。憲法の民主的な改正に関する議論は現在も継続されている。
政治制度は、三権分立を旨とする議会制民主主義である。行政は大統領を長とする。大統領は6年任期で選挙により選ばれる。2期連続で就任することはできない。内閣の閣僚は大統領が任命する。2007年現在の大統領は、2006年1月15日に就任した社会党のミシェル・バチェレ。バチェレはチリ史上初の女性大統領である。
司法の最高機関は最高裁判所である。憲法に関する判断は、憲法裁判所が行い、憲法に反すると考えられた法律を差し止めることができる。
立法は、二院制である。上院は38名が一般投票により選出され、任期は8年、その他に国家安全保障委員会や司法機関、共和国大統領、前大統領などが11名を任命する。下院は120議席で、任期は4年。法案が採択されるには、両院および拒否権を持つ共和国大統領の承認を得なければならない。また両者ともに法案を提議することができるが、これを施行する権限は大統領にしかない点が問題とされている。
チリにも公権力の腐敗・汚職がないわけではないが、それは恒常的なものではなく、世界の「透明度」の高い国の上位30ヶ国以内に過去10年間連続してランク付けされているように、むしろラテン・アメリカでは最も腐敗しておらず、比較的しっかりした法治国家だと認識されている。
地理
気候は幅広く、ラパ・ヌイ島(イースター島)の亜熱帯から、国土の北三分の一を占め、世界で最も乾燥した砂漠とされるアタカマ砂漠、中央部の肥沃な渓谷地域、そして元々は森林に覆われていた、湿度は高いが寒い南部、ツンドラ気候が広がる最南部に大きく分けられる。渓谷地域は地中海性気候に似ており、チリの主要輸出品目の一つである果物の栽培や、最近輸出量が増えてきたワインの生産に適している。
南緯40度以南はパタゴニアと呼ばれ、沿海部は典型的なフィヨルド地形が形成されている。
チリは南北に大変長細い国であるため、北の方から順に砂漠気候、ステップ気候、地中海性気候、西岸海洋性気候と気候が違っている。
経済
経済はほとんど輸出により成り立っている。輸出品目の第二位は農業関連製品で、第一位は以前より世界一の生産量を誇る銅である。1970年代初頭は輸出品の70%を銅が占めていたが、現在は40%とその重要度は低下している。最近では、各地で産出される良質なワイン、サーモン、木材パルプの輸出が始められた。また先進国ほどではないが、ラテン・アメリカで最も工業化された国の一つである。
チリ北部の主要産業は鉱業であるが、南部には大規模な農業、酪農がある。バルパライソといった主要港のある中央部にはサービス業と工業が集中している。チリのサービス業部門は大きく、世界で最も自由化され先端を行く通信インフラが整っている。観光業も成長を続けている。南部の森林地帯の荒々しい美しさ、北部のアタカマ砂漠の広漠とした風景、5月から9月にかけてのアンデス山脈のスキーシーズンが観光客を惹きつけている。1990年代のにわか景気では、毎年7〜12%の経済成長を記録したが、1997年のアジア通貨危機以降は、年3%にまで落ち着いた。近年、EU・アメリカ・カナダ・メキシコ・韓国などと自由貿易協定を結び、さらにニュージーランドとシンガポールとも同様な協定を結ぶ交渉が進められている。
国民
住民は、大部分がヨーロッパ系の白人もしくはメスティーソである。その他、イースター島、南部、北部の山岳地帯にクリストファー・コロンブスの到来以前より居住している先住民が全人口の5%程度いる。
ヨーロッパからの移住は19世紀に加速した。隣国のアルゼンチンやブラジル程の規模ではないが、スペインやクロアチア、イタリア、ドイツ、パレスチナからがほとんどで、東ヨーロッパとアイルランドからも少数が移住した。
言語はスペイン語が公用語で、日常生活でも広く使われている。
宗教は、ローマ・カトリックが89%、プロテスタントが11%である。
教育水準は高い。
|